電灯の光が射していた。蒲団で栖方の顔が隠れているので、首なしのようにみえる若い胴の上からその臍が、
「僕、死ぬのが何んだか恐《こわ》くなりました。」と梶に呟《つぶや》くふうだった。梶は栖方の臍も見たと思って眠りについた。
梶と栖方はその後一度も会っていない。その秋から激しくなった空襲の折も、梶は東京から一歩も出ず空を見ていたが、栖方の光線はついに現れた様子がなかった。梶は高田とよく会うたびに栖方のことを訊《たず》ねても、家が焼け棲家《すみか》のなくなった高田は、栖方についてはもう興味の失《う》せた答えをするだけで、何も知らなかった。ただ一度、栖方と別れて一ヶ月もしたとき、句会の日の技師から高田にあてて、栖方は襟章の星を一つ附加していた理由を罪として、軍の刑務所へ入れられてしまったという報告のあったことと、空襲中、技師は結婚し、その翌日急病で死亡したという二つの話を、梶は高田から聞いただけである。栖方と同じ所に勤務していた技師に死なれては、高田もそこから栖方のことを聞く以外に、方法のなかったそれまでの道は断ちきれたわけであった。随《したが》って梶もまたなかった。
戦争は終った。栖方
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