行の水上機が一機、丘すれすれに爆音をたてて舞って来た。
「おい、栖方の光線、あいつなら落せるかい。」と高田は手枕《てまくら》のまま栖方の方を見て云った。一瞬どよめいていた座はしんと静まった。と、高田ははッと我に返って起きあがった。そして、厳しく自分を叱責《しっせき》する眼付きで端座し、間髪を入れぬ迅《はや》さで再び静まりを逆転させた。見ていて梶は、鮮かな高田の手腕に必死の作業があったと思った。襯衣《シャツ》一枚の栖方はたちまち躍るように愉《たの》しげだった。
 その夜は梶と高田と栖方の三人が技師の家の二階で泊った。高田が梶の右手に寝て、栖方が左手で、すぐ眠りに落ちた二人の間に挟まれた梶は、寝就《ねつ》きが悪く遅くまで醒《さ》めていた。上半身を裸体にした栖方は蒲団《ふとん》を掛けていなかった。上蒲団の一枚を四つに折って顔の上に乗せたまま、両手で抱きかかえているので、彼の寝姿は座蒲団を四五枚顔の上に積み重ねているように見えて滑稽《こっけい》だった。どういう夢を見ているものだろうかと、夜中ときどき梶は栖方を覗《のぞ》きこんだ。ゆるい呼吸の起伏をつづけている臍《へそ》の周囲のうすい脂肪に、鈍く
前へ 次へ
全55ページ中50ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング