狂いそうになりましたが、とうとう分った。やっぱり合ってた。二十二枚だ。」栖方は嬉《うれ》しそうに笑顔だった。
「そんなことに気がつき出しちゃ、そりゃ、たまらないなア。」一人いるときの栖方の苦痛は、もう自分には分らぬものだと梶は思って云った。
「夢の中で数学の問題を解くというようなことは、よくあるんでしょうね。先日もクロネッカァという数学者が夢の中で考えついたという、青春の論理とかいう定理の話を聞いたが、――」
「もうしょっちゅうです。この間も朝起きてみたら、机の上にむつかしい計算がいっぱい書いてあるので、下宿の婆さんにこれだれが書いたんだと訊いたら、あなたが夕べ書いてたじゃありませんかというんです。僕はちっとも知らないんですがね。」
「じゃ、気狂い扱いにされるでしょう。」
「どうも、そう思ってるらしいですよ。」栖方はまた眼を上げて、ぱッと笑った。
 それでは今日は栖方の休日にしようと云うことになって、それから梶たち三人は句を作った。青葉の色のにじむ方に顔を向けた栖方は、「わが影を逐《お》いゆく鳥や山ななめ」という幾何学的な無季の句をすぐ作った。そして葉山の山の斜面に鳥の迫っていった四月
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