かして置くものだろうか。いや、危い。と梶はまた思った。この危険から身を防ぐためには――梶はその方法をも考えてみたが、すべての人間を善人と解さぬ限り、何もなかった。
しかし、このような暗澹《あんたん》とした空気に拘《かかわ》らず、栖方の笑顔を思い出すと、光がぽッと射し展《ひら》いているようで明るかった。彼の表情のどこ一点にも愁いの影はなかった。何ものか見えないものに守護されている貴《とお》とさが溢《あふ》れていた。
ある日、また栖方は高田と一緒に梶の家へ訪ねて来た。この日は白い海軍中尉の服装で短剣をつけている彼の姿は、前より幾らか大人に見えたが、それでも中尉の肩章はまだ栖方に似合ってはいなかった。
「君はいままで、危いことが度度あったでしょう。例えば、今思ってもぞっとするというようなことで、運よく生命が助かったというようなことですがね。」と、梶は、あの思惑から話半ばに栖方に訊ねてみた。
「それはもう、随分ありました。最初に海軍の研究所へ連れられて来たその日にも、ありました。」
栖方はそう答えてその日のことを手短に話した。研究所へ着くなり栖方は新しい戦闘機の試験飛行に乗せられ、急直下
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