だけです。もう堪《たま》らない。今日も憲兵がついて来たのですが、句会があるからと云って、品川で撒《ま》いちゃいました。」
帰ってから憲兵への口実となる色紙の必要なことも、それで分った。梶は、自分の色紙が栖方の危険を救うだけ、自分へ疑惑のかかるのも感じたが、門標につながる縁もあって彼は栖方に色紙を書いた。
「科学上のことはよく僕には分らなくて、残念だが、今は秘密の奪い合いだから、君も相当に危いですね、気をつけなくちゃ。」
「そうです。先日も優秀な技師がピストルでやられました。それは優秀な人でしたがね。一度横須賀に来てみて下さい。僕らの工場をお見せしますから。」
「いや、そんな所を見せて貰っても、僕には分らないし、知らない方がいいですよ。あなたにこれでお訊ねしたいことが沢山あるが、もう全部やめです。それより、アインシュタインの間違いって、それは何んですか。」
「あれは仮設が間違っているのですよ。仮設から仮設へ渡っているのがアインシュタインの原理ですから、最初の仮設を叩《たた》いてみたら、他がみな弛《ゆる》んでしまって――」
空中楼閣を描く夢はアインシュタインとて持ったであろうが、いまそ
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