民の間に自殺が流行し始めた。初め彼らの多くは、穢れたガルタンの慣習に怨恨を持つ失恋者や疾病者や不具者であつた。が、彼らを先駆に立てて、その後日を追つて益々健全な市民の多くが自殺した。さうして最早や彼らの首の動脈は、僅か一片の嘲笑と冷顔とで購ひ得るにいたつたが、しかし、彼らはその生の終末に臨んで、各々廻廊の壁に市民の罪業の数々を刻みつけた。彼らの懺悔の心は、彼らの過去の悪業を刻み、彼らの怨恨は、生き残る市民の秘めた悪徳を彼らに刻ませた。このため、日ならずして城市の壁は、穢れたガルタンの罪跡を曝露した石碑となつて雨に打たれた。人々は壁から壁へと押し流れて、日々に現れる新らしい壁の文字を読み渡つた。
「あゝ、爾は吾に石を背負せた銀子をもつて、イスラエルの女の首に手を巻いた。」
「あゝ、爾は吾が妻の腹に爾の子を落して逃亡した。」
「爾はシユラミの婦女のために、吾の娘を葡萄のごとく圧し潰した。」
「爾は一片の番紅花《サフラン》を得んとして、シオンの商人に身を投げた。」
「爾はアマナの山の牝鹿のごとく、八十人の男子に吾の眼を盗んで爾の胸の香物を嗅がしめた。」
「あゝ婚姻の夜の爾の唇は、廻り遶つた杯
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