見降ろすこの山上を選んだ伝教の満足が急に分ったように思われた。それにひきかえて、今の自分の満足は、ただ何事も考えない放心の境に入るだけの満足で良いのであるが、それを容易に出来ぬ自分を感じると、一時も早く雪路を抜けて湖の見える山面へ廻りたかった。
間もなく、今まで暗かった道は急に開けて来て、日光の明るくさしている広場へ出た。そこは根本中堂のある一山の中心地帯になっていたが、広場から幾らか窪《くぼ》みの中にある中堂の廂《ひさし》からは、雪解の滴《したた》りが雨のように流れ下っていた。
「やっと来たぞ」定雄は後ろの千枝子と清の方を振り返った。
中堂の前まで行くには草履では行けそうもないので、三人はすぐ広場の端に立って下を見降ろした。早春の平野に包まれた湖が太陽に輝きながら、眼下に広広と横《よこたわ》っていた。
「まア大きいわね。わたし、琵琶湖ってこんなに大きいもんだとは思わなかったわ。まア、まア」と千枝子は云った。
定雄も久しく見なかった琵琶湖を眺めていたが、少年期にここから見た琵琶湖よりも、色彩が淡く衰えているように感じられた。殊に一目でそれと知れた唐崎《からさき》の松も、今は全く枯れ果ててどこが唐崎だか分らなかった。しかし、京都の近郊として一山を開くには、いかにもここは理想的な地だと思った。ただ難点はあまりにここは理想的でありすぎた。もしこういう場所を占有したなら、周囲から集る羨望《せんぼう》嫉視《しっし》の鎮《しずま》る時機がないのである。定雄はこの地を得られた伝教の地位と権威の高さを今さらに感じたが、絶えず京都と琵琶湖を眼下に踏みつけて生活した心理は、伝教以後の僧侶の粗暴な行為となって専横を行ったことなど、容易に想像出来るのであった。これをぶち砕くためには、信長のようなヨーロッパの思想の根源である耶蘇《やそ》教の信者でなければ、出来|難《にく》いにちがいない。定雄は神仏の安置所がこのような高位置にあるのはそれを守護する僧侶の心をかき乱す作用を与えるばかりで、却って衆生を救い難きに導くだけだと思われた。それに比べて親鸞の低きについて街へ根を降ろし、町家の中へ流れ込んだリアリスティックな精神は、すべて、重心は下へ下へと降すべしと説いた老子《ろうし》の精神と似通っているところがあるように思われた。
しかし、それにしても、定雄は琵琶湖を脚下に見降ろしても、まだ容易
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