冬の女
横光利一

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)大根《だいこ》

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)一人|籬《まがき》を越して

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)しん/\と沸き立つた
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 女が一人|籬《まがき》を越してぼんやりと隣家の庭を眺めてゐる。庭には数輪の寒菊が地の上を這ひながら乱れてゐた。掃き寄せられた朽葉の下からは煙が空に昇つてゐる。
「何を考へていらつしやるんです。」と彼女に一言訊ねてみるが良い。
 彼女は袖口を胸に重ねて、
「秋の歌。」
 もし彼女がそのやうに答へたなら止《と》めねばならぬ。静に彼女の手を曳いて、
「あなたは春の来るのを考へねばなりません。家へ帰つてお茶でもお煎れになつてはどうですか。春の着物の御用意はいかゞです。湯のしん/\と沸き立つた銅壷の傍で縫物をして下さい。あなたの良人は間もなく手先を赤くして帰つて来るでせう。それまであなたは過ぎ去つた秋の物思ひに耽つてはいけません。秋には幸福がありません。さア家の中へ這入らうではありませんか。もし炭箱へ手を入
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