がらその柄杓を廻していった。間もなく、反絵の片眼は赤銅《しゃくどう》のような顔の中で、一つ朦朧《もうろう》と濁って来た。そうして、王の顔は渋りながら眠りに落ちる犬のように傾き始めると、やがて彼は卑弥呼の膝の上へ首を垂れた。卑弥呼は今はただ反絵の眠入《ねい》るのを待っていた。反絵は行器《ほかい》の中から鹿の肉塊を攫《つか》み出すと、それを両手で振り廻して唄《うた》を歌った。卑弥呼は彼の手をとって膝の上へ引き寄せた。
外の草園では焚火の光りが薄れて来た。草叢のあちこちからは酔漢の呻《うめ》きが漏れていた。そうして、次第に酒宴の騒ぎが宮殿の内外から鎮《しずま》って来ると、やがて、卑弥呼の膝を枕に転々としていた反絵も眠りに落ちた。卑弥呼は部屋の中を見廻した。しかし、一人として彼女のますます冴《さ》え渡《わた》ったその朗《ほがらか》な眼を見詰めている者は誰もなかった。ただ酒気と鼾声《かんせい》とが乱れた食器の方々から流れていた。彼女は鹿の肉塊を冠《かぶ》って眠っている反絵の顔を見詰めていた。今や彼女には、訶和郎《かわろ》のために復讐する時が来た。剣《つるぎ》は反絵の腰に敷かれてあった。そうして
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