守って飛んでいた。

       十三

 その夜二人は数里の森と、二つの峰とを越して小山の原に到着した。そこには椎《しい》と蜜柑《みかん》が茂っていた。猿は二人の頭の上を枝から枝へ飛び渡った。訶和郎《かわろ》は野犬と狼《おおかみ》とを防ぐために、榾柮《ほだ》を焚《た》いた。彼らは、数日来の経験から、追手の眼より野獣の牙《きば》を恐れねばならなかった。卑弥呼《ひみこ》はひとり訶和郎に添って身を横たえながら目覚めていた。なぜなら、その夜は彼女の夜警の番であったから。夜は更《ふ》けた。彼女は椎の梢《こずえ》の上に、群《むらが》った笹葉《ささば》の上に、そうして、静《しずか》な暗闇に垂れ下った藤蔓《ふじづる》の隙々《すきずき》に、亡き卑狗《ひこ》の大兄《おおえ》の姿を見た。
 卑狗の大兄の幻が彼女の眼から消えてゆくと、彼女は涙に濡れながら、再び燃え尽きる榾柮の上へ新らしく枯枝を盛り上げた。猿の群れは梢を下りて焚火の周囲に集ってきた。そうして、彼女が枯枝を火に差《さ》し燻《く》べるごとに、彼らも彼女を真似て差し燻べた。
 榾柮の次第に尽きかけた頃、山麓の闇の中から、突然に地を踏み鳴らす軍勢の
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