心に強いられた酒のために、だんだんと酔いが廻った。彼は卑弥呼《ひみこ》の部屋の装飾を命じた五人の使部《しぶ》に、王命の違反者として体刑を宣告した。五人の使部は、武装した兵士《つわもの》たちの囲みの中で、王の口から体刑停止の命令の下るまで鞭打《むちう》たれた。彼らの背中の上で、竹の根鞭の鳴るのとともに、酒楽《さかほがい》の歌は草園の焚火の傍でますます乱雑に高まった。そうして、遠い国境の一つの峰から立ち昇っている噴火の柱は、霧の深むにつれて次第にその色を鈍い銅色に変えて来ると、違反者の背中は破れ始めて血が流れた。彼らは地にひれ伏して草を引《ひ》き※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《むし》りながら悲鳴を上げた。反耶は悶転《もんてん》する彼らを見ると、卑弥呼にその体刑を見せんがために彼女の部屋の方へ歩いていった。何《な》ぜなら、もし彼女が耶馬台の宮にいなかったなら、反耶にとってこの体刑は無用であったから。しかし、反耶が卑弥呼の部屋の遣戸《やりど》を押したとき、毛皮を身に纏《まと》って横わっている不弥《うみ》の女の傍に、一人の男が蹲《かが》んでいた。それは彼の弟の反絵であった。
「不弥の女、我と共に来《きた》れ。我は爾《なんじ》のために我の命に反《そむ》いた使部を罰している。われは彼らに爾の部屋を飾れと命じた。」
「彼らを赦せ。」と卑弥呼はいって身を起した。
「反絵、爾はこの部屋を出でよ。酒宴の踊りは彼方《かなた》である。」と反耶はいって反絵の方を振り向いた。
「兄よ、爾の后《きさき》は爾と共に踊りを見んとして待っていた。」
「不弥の女、来れ。われは爾を呼びに来た。爾の部屋を飾り忘れた使部の背中は、鞭のために破れて来た。」
「彼らを赦せ。」と卑弥呼はいった。
「よし、我は兄に代って彼らを赦すであろう。」と反絵はいって遣戸の方へ出ようとすると、反耶は彼の前へ立《た》ち塞《ふさが》った。
「待て、彼らを罰したのはわれである。」
反絵は兄の手を払って遣戸の方へ行きかけた。反耶は卑弥呼の傍へ近寄った。そうして彼女の腕に手をかけると彼女にいった。
「不弥の女よ。酒宴の準備は整《ととの》うた。爾はわれと共に酒宴に出よ。」
「兄よ。不弥の女と行くものは我である。」と反絵はいって遣戸の傍から反耶の方を振り返った。
「行け、使部の罪を赦すのは爾である。」
「不弥の女、我と共に酒宴
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