踏み合う彼らの足尖《あしさき》から、砂が跳ね上った。草葉が飛んだ。そうして、反絵の血走った片眼は、引《ひ》っ掴《つか》まれた頭髪に吊り上げられたまま、長羅の額を中心に上になり、下になった。二つの口は噛《か》み合った。乱れた彼らの頭髪は絡《から》まった鳥のようにぱさぱさと地を打った。
 卑弥呼の高座は二人の方へ近か寄って来ると降された。しかし、耶馬台の兵士の中で、彼らの反絵を助けようとするものは誰もなかった。何《な》ぜなら、耶馬台の恐怖を失って、幸福を増し得る者は彼らであったから。彼らは卑弥呼と一緒に剣を握ったまま、血砂にまみれて呻《うめ》きながら転々する二人の身体を見詰めていた。彼らの顔は、一様に、彼らの美しき不弥の女を守り得る力を、彼女に示さんとする努力のために緊《ひ》き締《しま》っていた。しかし、間もなく彼らの前で、長羅と反絵の塊《かたま》りは、卑弥呼の二人の良人《おっと》の仇敵は、戦いながら次第にその力を弱めていった。そうして、反絵の片眼は瞑《つ》むられたまま砂の中にめり込むと、二人は長く重なったまま動かなかった。卑弥呼はひとり彼らの方へ近かづいた。そのとき、長羅は反絵の胸を踏みつけて、突然地から湧き出たように起き上った。彼は血の滴《したた》る頭髪を振り乱して、柔《やわらか》に微笑しながらその蒼《あお》ざめた顔を彼女の方へ振り向けた。
「卑弥呼。」
 彼女は立ち停ると剣を上げて身構えた。兵士たちは長羅の方へ肉迫した。
「待て。」と彼女は彼らにいった。
「卑弥呼、我は爾《なんじ》を迎えにここへ来た。」
 長羅は腹に反絵の剣を突き通したまま、両腕を拡げて彼女の方へ歩もうとした。しかし、彼の身体は左右に二足三足|蹌踉《よろ》めくと、滴る血の重みに倒れるかのようにばったりと地に倒れた。彼は再び起き上った。
「卑弥呼、爾は我と共に奴国へ帰れ。我は爾を待っていた。」
「爾は我の夫《つま》の大兄《おおえ》を刺した。」
「我は刺した。」
「爾は我の父と母とを刺した。」
「我は刺した。」
「爾は我の国を滅ぼした。」
「我は滅ぼした。」
 長羅は再び蹌踉めきながら彼女の方へ歩みよった。と、またも彼の身体はどっと倒れた。振り上げた卑弥呼の剣は下がって来た。長羅はなおも起き上ろうとした。しかし、彼の胸は地に刺された人のように地を放れると地についた。そうして、彼は漸《ようや》く砂の上か
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