れたかの子僧であつた。彼はいつの間にか静まり返つて閑々としてゐるプラツトを見ると、
「おッ。」と云つた。
しかし、彼は直ぐまた頭を振り出した。
「汽車は、
出るでん出るえ、
煙は、のん残るえ、
残る煙は
しやん癪の種
癪の種。」
歌は瓢々として続いて行つた。振られる鉢巻の下では、白と黒との眼玉が振り子のやうに。
それから暫くしたときであつた。一人の駅員が線路を飛び越えて最初の確実な報告を齎した。
「皆さん、H、K間の土砂崩壊の故障線は開通いたしました。皆さん、H、K間の……」
しかし、乗客の頭はただ一つ鉢巻の頭であつた。しかし、急行列車は烏合の乗合馬車のやうに停車してゐることは出来なかつた。車掌の笛は鳴り響いた。列車は目的地へ向つて空虚のまま全速力で馳け出した。
子僧は? 意気揚々と窓枠を叩きながら。一人白と黒との眼玉を振り子のやうに振りながら。
「ア――
梅よ、
桜よ、
牡丹よ、
桃よ、
さうは
一人で
持ち切れぬ
ヨイヨイ。」
底本:「定本横光利一全集 第一巻」河出書房新社
1981(昭和56)年6月30
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