ほ》り出《だ》すことを意味《いみ》するFossereからの転化《てんか》で古生物《こせいぶつ》と訳《やく》する位《ぐらい》は誰《だれ》でも知《し》っていることであろうとまでいわれていた。勿論《もちろん》私《わたし》はAのこの傲慢《ごうまん》な態度《たいど》には腹《はら》を立《た》てたがそれより差《さ》し詰《づ》めQの敗北《はいぼく》には同情《どうじょう》せざるを得《え》なかった。定《さだ》めしQは日々《にちにち》不快《ふかい》な日《ひ》を続《つづ》けていることであろうと思《おも》うとその傍《そば》にいるリカ子《こ》の顔色《かおいろ》が眼《め》に見《み》えるのだ。彼女《かのじょ》の容子《ようす》はQの怏々《おうおう》として日々《にちにち》の不快《ふかい》な心《こころ》の波《なみ》を伝《つた》えて私《わたし》へ向《むか》って打《う》ち寄《よ》せて来《き》ているのだ。私《わたし》はリカ子《こ》を見《み》ているとQの敗北《はいぼく》した打撃《だげき》の度合《どあい》までも感《かん》じることが出来《でき》始《はじ》めた。しかもリカ子《こ》はQがAよりはるかに劣《おと》った人物《じんぶつ》だと知《し》り出《だ》した動揺《どうよう》さえ私《わたし》は彼女《かのじょ》がQを賞《ほ》める言葉《ことば》の裏《うら》から嗅《か》ぎつけた。私《わたし》は彼女《かのじょ》の一|番《ばん》嫌《きら》いな所《ところ》はそこだ。自分《じぶん》の良人《おっと》の敗北《はいぼく》に対《たい》して動揺《どうよう》する彼女《かのじょ》の新《あたら》しい醜悪《しゅうあく》さ、この醜悪《しゅうあく》さは女《おんな》の最《もっと》も野蛮《やばん》な兇悪《きょうあく》さにすぎない。しかし、あくまでリカ子《こ》のこの兇悪《きょうあく》さと闘《たたか》いながら、なお日々《にちにち》不断《ふだん》に逞《たくま》しいAに打《う》ち負《ま》かされ続《つづ》けていかねばならぬであろうQの生涯《しょうがい》を考《かんが》えると、私《わたし》はQが一|番《ばん》誰《だれ》よりも悲惨《ひさん》な男《おとこ》に思《おも》われて来《き》た。もうリカ子《こ》とQの間《あいだ》には恐《おそ》らく陽《ひ》の目《め》のさすことはないであろう。もしQがリカ子《こ》をAに渡《わた》さぬ限《かぎ》り。――しかし、Qはそこが私《わたし》と違《ちが》っていた。彼《かれ》は自身《じしん》より弱者《じゃくしゃ》に対《たい》してはいくらでも自身《じしん》を犠牲《ぎせい》にすることの出来《でき》る善徳《ぜんとく》を持《も》つ代《かわ》りに、自身《じしん》よりも強者《きょうしゃ》に対《たい》しては死《し》ぬまで身《み》を引《ひ》くことの出来《でき》ない男《おとこ》である。しかもAとQとは、この二人《ふたり》の闘《たたか》いならどこまでいってもAが勝《か》ち続《つづ》けるに定《きま》っているのだ。その度《たび》にリカ子《こ》がQを軽蔑《けいべつ》するなら、――私《わたし》はリカ子《こ》をQに返《かえ》したことは彼《かれ》と彼女《かのじょ》とのためには最大《さいだい》の悪徳《あくとく》でさえあったことに気《き》がついた。私《わたし》は私《わたし》の善行《ぜんこう》だと思《おも》ってしたことが悪行《あくぎょう》に変《かわ》ったとて恐縮《きょうしゅく》する要《よう》のないこと位《くらい》は分《わか》っていても、それにしてもリカ子《こ》が急《きゅう》にこの時《とき》から嫌《きら》いになったと同時《どうじ》に、私《わたし》にはますますQが親《した》わしくなって来《き》たことも事実《じじつ》である。或《あ》る日《ひ》私《わたし》はリカ子《こ》にそれとなく地質学界《ちしつがっかい》の過去《かこ》の大天才《だいてんさい》が次《つ》ぎ次《つ》ぎに現《あら》われる新《あたら》しい天才《てんさい》に負《ま》かされていった歴史《れきし》を話《はな》してやった。まことに過去《かこ》一|世紀《せいき》の間《あいだ》に現《あら》われた新学説《しんがくせつ》の興亡《こうぼう》を私《わたし》が思《おも》い出《だ》しても、個人《こじん》の力《ちから》の限界《げんかい》の小《ちい》ささを感《かん》ぜざるを得《え》ないのだ。一|世《せい》を風靡《ふうび》した凡水論《ネプチュニズム》の主唱者《しゅしょうしゃ》エルナーを顛覆《てんぷく》させた凡火論《ボルカニズム》、その凡火論《ボルカニズム》の主唱者《しゅしょうしゃ》ハットンを顛覆《てんぷく》させた災異説《カタストロフィズム》、その災異説《カタストロフィズム》の主唱者《しゅしょうしゃ》セヂウィックを破《やぶ》った斉一説《ユニフォルミタラニズム》のライエルと、そうしてそれらの総《すべ》てを綜合《そうごう》した進化説《ダー
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