味を覚えたのだが、説明の出来る種類の話ではないから黙っていた。強《し》いて説明を附けようとすれば、ドストエフスキイの悪霊《あくりょう》の主人公であるところのスタブローギンのある行動の話を持ち出さねばなるまい。その土地第一の資産家の一人息子であるスタブローギンが故郷へ久し振りに帰って来て、街の上流階級の集合場所で、礼儀正しくにこやかに微笑しながら人人の話に耳を傾けているとき、一番有力者の市長の前へ静に出ていって全く理由もなく突然その市長の鼻を掴《つか》んで振り廻すところがある。しかも、そのときのスタブローギンの表情はその動作を起す前と少しも違わずにこやかなのだ。この心理を説明する場合に作者のドストエフスキイは常に一言も語らない。全く後味の悪い作である。梶はスイスに起ったシュールリアリストの発会式の事実を確実にスタブローギンの影響と見ている。もし間違いであれば少くとも同質の心理脈の系統だと思っている。
梶は以上の話をして興味のない顔をする友人には次ぎのような話をする習慣を持っていた。この話も事実ヨーロッパに起った隠れた出来事であるが、この話には会社の重役や社長や政治家たちで一驚せぬ者は一
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