クハット、モーニングの市長を初め、紳士淑女が陸続と盛装で会場へ詰めかけて来た。しかし、いつまでたっても会は一向に始まらない。そこで皆はぶつぶつ云い出した。夜はそのままいたずらに更《ふ》けていくばかりだ。とうとう紳士淑女の怒りは爆発したが、怒ろうにも相手のシュールリアリストは一人も会場に来ていないのだから仕方がない。そのうちに瞞《だま》されたと知った一同は怒りの持って行き場もなく不平たらたらでそれぞれ帰っていった。ところが、次ぎの日の新聞には大きくその夜の発会式の写真が一斉に出ていたのだ。つまりそれが発会式なのだ。
梶はそこまで話して妻の顔を見た。
「それからどうしたの」と芳江は訊《たず》ねた。
「それだけさ」
「それがどういうことなの。世の中が無茶苦茶になったから、自分たちもそうしたっていうの」
「まアそれでも良い」と梶は云うより仕方がなかった。
梶は友人たちに逢《あ》う度《たび》にこの同じ話をしてみて相手の顔を眺《なが》めてみた。すると、皆黙って真剣な顔になった。中にはだんだん蒼《あお》くなるものと、しばらくしてから突然笑い出す者とあった。梶はヨーロッパを廻って来てこの話に一番興
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