こり帰るであろうと思っていたが、附近に遊んでいる子供たちに訊ねても誰も知らぬという返事に、一同だんだん顔色が変って来た。
「初めて帰って来たんだから、きっと道を迷って遠いところへ行ったんだわ。どうしましょう」
芳江は真っ青になったまま外の方へ馳けていった。彼女の後から出入の米屋や酒屋、手伝いの人三人に長男らが四方へまた探しに散った。梶も別動隊となって裏から一人で出ていったが外は全く暗かった。それに新しく前後左右にずっと建て込んだ家の小路の複雑した屈曲には、梶もしばしば迷って出口が分らず立ち停って考えたほどだった。家の尽きたあたりは一万坪あまりの野原で人一人通らなかった。梶は永らく田舎《いなか》の祖父のもとで留守中いた四つの子供の頭を思うと、迷ったが最後帰路の困難が察せられた。道というものは小さくともどこまでも続いているのだから、迷いの末はどのあたりを遊び歩いているか知れたものではない上に、梶の家の周囲の道がまた八方についているのだった。
梶は真暗《まっくら》な夜道を子供を尋ねて歩きながら、ふと自分も今自分の子供と同じような眼にあっているのではないかと思った。知らぬ間に全く考えもしなかった複雑な夜道が自分の八方についていて、どこを自分がうろついているのか分らぬのではないかと思われた。彼は子供を探しあぐねて戻ってみてもまだ子供の姿は見えなかった。附近の交番へ頼んでおいた返事も無益であった。芳江は門口で泣きながら探しに行った人人の戻って来るのを待っていた。けれども誰もぼんやり黙って帰って来た。いずれ戻って来るだろうと梶はまだ思っていたが、そのうちに気が気でなくなり、再び子供を探しに出かけた。しかし、馳けても目的が分らぬのであるからどちらを向いて馳けて良いか見当がつかなかった。
彼は空《むな》しい思いであてどなくうろつきながら、
「これゃ、知識階級の苦しみという奴だ」
とこう思った。しかし、それは梶には笑い事ではなかった。日本へ帰って来るとこんな苦しみがあったのかと、彼は暗澹《あんたん》となりまさる胸の中に顔を埋めるようにして幾つも坂道を上ったり降りたりした。ときどき立ち停って子供の名を呼んでみたが、子供も同様にどこかで立ち停っている筈《はず》はないのだから返事はもとより聞えなかった。ただ遠くの方で子供の名を呼ぶ他の探し手の声が聞えて来ると、まだそれでは見つからぬの
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