ぶら下るやうにして、絶えず「父《と》うちやん、父ちやん。」で父親を放さない。さうしていざ、寢るとなると、また子供らはあちらからもこちらからも、父を呼び合ひながら疲らせる。最後にたうとう父親も弱り果てたらしく、「もう一寸父うちやんを休ませてくれよ。父うちやんだつてもう疲れたよ。」と云つて降參した。ところが夜中になつて、一人の子供が息詰るやうな異樣な咳きの發作を起して咳き始めた。と、その部屋中の子供らは、あちらからもこちらからも、同樣な發作を起して咳き出した。やつと寢ついた父親は子供らの枕から枕へと渡り歩いてまた咳の鎭るまで介抱した。さうして翌日になると、再び子供らは元氣よく父親を引つ張り廻してはしやぎ廻つたが、その父親が子供たちと外から部屋へ歸つて來て、ほつと休息しながら川を眺め降ろして云ふのには、「あの流れてゐる水は皆違ふんだらうが、いつ見ても同じやうに流れてゐるね。奇妙なものだな。」といふのだつた。これが疲れ果てた課長のたまの休暇の唯一の感想である。私は貴重な言葉として隣室で紙にすぐ書きつけた。もう間もなく年中風邪の傳染し合ひをして咳いてゐる私の子供も二人、私を追つかけてここへ來るの
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