變した樣に眺め入つた。湖の上から襲つて來てゐる霧は一望何物も見せずに眞白なまま流れて來ると、ううと重く呻くやうなう鳴りを上げながら、他の渦卷きの中に流れ込むでは、また速かな捻れた一群の霧となつて貫き走る。その度毎に樹の葉はそよぎ、湖面の渚の線が見えたり消えたりしつつ瞬時といへども停止をしない。間もなく張り渡つた蜘蛛の巣があわただしく動搖すると、茶を入れる湯氣まで亂れ流れて顏を打つた。べとつく縁側。たちまちにして冷える茶。私は一本の煙草をとつて火を點けると、煙りが立たない。さうして入れ變り立ち替り地面の上を逃げてゐた霧は、不意に方向を變じて部屋いつぱいに渦卷き流れて迫つて來たと見る間に、再び縁側の木目の上を綾を描いて逸走してゐる絲のやうな霧の中に吹き返した。どこか暗い奧の部屋の方から老人の咽喉にからまつた啖の音がぜいぜいした。私は水甕の底で泳いでゐる鯉や、金網の中の兎の姿を思ひ浮べながら、見るともなく湖の上を見てゐると、うすぼんやりと現れた波打際の線に從つて、鳥の群が一羽づつ陣列を造つて靜に霧の中を進行していく姿が墨畫のやうに眺められた。

 私は障子を閉めて外へ出てみると、女は山番のと
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