主の勢力が、年々S城の市民を苦しめた。S城の市民の反逆心は地にひれ伏しながら鬱屈した。
 しかし、Q城の横暴が、S川をせき止めてゐる堅牢な石垣と等しく続いてゐるとき、Q川の横暴もまた続いた。Q川はS川の水源を集めて貪婪になればなるほど、その尨大な浸蝕力は徐々として自身の河口にそれだけ高く堆積物を築いてゐた。此の堆積物はQ城の市民にとつては癌であつた。彼らの誇つた港湾は浅くなつた。海外の船舶は彼らの領土から隣国の港へ外れ始めた。
 此の現象は自然とQとSの二城を相殺さすことは明かなことであつた。
    十
 遂に、Q城の城主はS川の支流を止めた石垣の撤廃を命令した。何ぜなら、Q城はQ川の浸蝕力の運ぶ堆積物を調節しなければならなかつたからである。
 S川は復活し始めた。Q川がその河口に高く堆積層のデルタを築いたそれだけ川の水流は緩漫になつてゐた。従つて、S川が再びQ川の水源を奪回するのは容易であつた。それにS川の渇れた川道は前から十分の準備を以つて開鑿せられてあつた。S川は日々の雨量と共に俄然として奔流した。それは恰もS城の市民の鬱屈してゐた反抗心に、着々として豊富な資力を注ぎ込んでゐるのと等しかつた。
 S川の流域は豊饒になり出した。S城の市民は黙々として産業の拡張をし始めた。生産物は増加した。通商が勃興した。さうして、彼らは暗黙の中にQ城の支配下から独立しようとして活動した。
    十一
 QとSとの二川の浸蝕力は均衡を保つて来た。だが、Q川はその河口の堆積層の肌を、漸次に海面から胸のやうに擡げ出した。新らしい海岸平野は、古層の横に、モーバンを描きながら生れて来た。市街はそれらの段階デルタの上へ輝やかしく拡がつた。それと同時に、Q川の浸蝕力は益々緩漫になつて来た。
 しかし、S川はそれとは全く反対の状況を示し始めた。S川は曾ては前にその水源をQ川に掠奪されたごとく、今は逆にQ川の分水界の水線を奪ひ出した。浸蝕力は奔騰した。さうして、その河口の古層デルタの水平層へ二輪廻形の累層を新鮮な上着のやうに爽々しく着始めた。しかし、S城の市民は、Q城の市民が、その河口の活動状態を忘れてゐる暇に、絶えずS川の河道の開鑿に注意した。
 S城の勢力は勃然と擡頭した。Q城の市民は、自身を亡すよりも、S城を滅亡さす予想の方がより彼らにとつては幸福であつた。
    十二
 Q城の城主
前へ 次へ
全8ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング