女地が河口を挾んで生れて来た。人々の集団はデルタの平野の上に訥朴な巣を造つた。彼らは純然たる土民であつた。彼らはその国土の支配者に屈服しながら、耕作しなければならなかつた。だが、彼らの国土の支配者は既に民衆ではなかつた。
 曾て、王朝は民衆に顛覆された。しかし王朝を顛覆さした民衆は、再び彼らの野蛮な総帥のために支配されねばならなかつた。さうして、封建時代が堅実に彼らの国土の上へ君臨した。軈て、S川の造つた開析デルタの上へ一つの城が築かれた。
    四
 Q川の活動は幼年期から壮年期に這入つていつた。その水勢の浸蝕力は横に第三紀層の緩斜層を突き崩して拡つた。此のため、S川へ流れる分水界の水量は、その均衡を破つて次第にQ川の水流に誘惑された。
 Q川を繞る綿々とした濃霧の中では、王朝時代の残党がその子孫を美しく繁殖させた。しかし、彼らは彼らの祖先が曾つて民衆に顛覆された事実と怨恨とを次第に忘れていつた。さうして、彼らの繁殖力はその屈辱の忘却力に従つて溪谷を下り、濃霧の中からQ川の洋々たる河口へ向つて拡がり出した。彼らはいづれの国王にも属さなかつた。しかし、彼らは彼らを繁殖せしめた直系の家族のために支配されねばならなかつた。そこで、Q川の流域には、隠然たる豪族がその団結力を延ばし出した。彼らはS川のデルタの上に生活する土民の集団に対抗するため、彼らもまたQ川の河口の岩角に尖鋭な一つの城を築き上げた。
 だが、彼らは豊饒なS川の住民の生活力とその貧しい力を争ふことは出来なかつた。このため、彼らは彼らの生活力の主力を武力に向けた。
    五
 Q川とS川との水流の争闘が激しくなるに従つて、その各自の流域に築造された二つの城の争闘も激しくなつた。しかし、Q川の豪族の城が、しば/\S川の土民の城に圧迫されつゝあつたにも拘らず、川それ自身の争闘は絶えず反対の現象を示してゐた。Q川の浸蝕力は白堊紀の地層を食ひ破つて益々深刻になつていつた。S川の浸蝕力は、河口の堆積デルタが確乎とした地盤となるに従ひ、益々その力を弱めていつた。さうして、Q川はS川の支流の水を滔々と奪ひ出した。
    六
 此のSとQとの二川の争奪し合ふ現象を、絶えず眺めてゐたのは北斗であつた。だが、北斗それ自身は、遅々として天界で滅んでゐた。さうして、ペルセウスの星は、終に北斗の位置を掠奪した。新しい北斗は、再び
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