るがために泡立ち上った前ぶれと見られても、仕方がないのである。わが国に現れた文学運動の最初は、いつもそのような運命に出逢《であ》っているのだ。多分、今現れている能動主義も、今後起って来る浪曼主義の運動の中へ、一つに溶け込む運命的な剰余を当然持っていると見られるが、その浪曼主義にしてからが、法則主義への適合と、法則への反抗との、二つに分裂している状態であってみれば、いずれも実証主義への介意から出発した挙動と見ても、さし閊《つか》えはないであろう。けれども、それはともかく、浪漫主義《ろうまんしゅぎ》である以上は、何らかの意味に於ける旧リアリズムへの反抗であり、新しいリアリズムの創造であるべき筈《はず》だ。メルヘン的な青い花の開花は、逃げ口上の諦念主義《ていねんしゅぎ》と変化しても、悪政治の強力なときとしては致し方もあるまいが、しかし、いずれも新しいリアリズムの創造であるからは、法則に反抗した実証主義としての新しい浪曼主義がシェストフの思想となって流れて来た昨今の文壇面では、それと必然的に関聯《かんれん》する自意識の整理方法として必ずいまに起って来る新浪曼主義に転ぜずにはおられまい。能動主義も、作家が何かせずにはいられない衝動主義と見ても、我ら何をなすべきかを探索する精神であってみれば、知識階級を釘付《くぎづ》けにした道徳と理智との抗争問題の起点となるべき、自意識の整理に向わなければ、恐らく何事も今はなし得られるものでもない。純粋小説の問題はこのようなときに、それらの表現形式として、当然現れねばならぬ新しいリアリズムの問題である。今、諸々の文学機関に現れている通俗小説と純文学との問題は、すべて純粋小説論であることはさして不思議ではないのである。
 
 中島健蔵氏の通俗小説と純文学の説論、阿部知二氏の純文学の普及化問題、深田久弥氏の純文学の拡大論、川端康成氏の文壇改革論、広津和郎氏、久米正雄氏、木村毅氏、上司小剣氏、大佛次郎氏、等の通俗小説の高級化説、岡田三郎氏の二元論、豊田三郎氏の俗化論、これらはすべて、私の見たところでは、純粋小説論であるが、それらの人々は、すべて実際的な見地に立って、それぞれの立場から、純粋小説を書くために起る共通した利益にならぬ苦痛を取り除く主張であると見えても、さし閊《つか》えはないのである。それらは通俗小説を書けというのでは勿論《もちろん》ない。現代の日本文学を、少くとも第一流の世界小説に近づける高級化論であって、先《ま》ず通俗への合同低下の企劃《きかく》と思い間違える低俗との、戦いとなって現れて来たのである。そうして、今はこの問題の通過なくして、文芸復興のどこから着手すべきものか私は知らない。恐らく、この現れは困難多岐な道をとることと思うが、作家共通の苦痛を除くためには、是非とも緊急なことであって、それなればこそ異口同音の説が形を変えて湧《わ》き興って来たと見るべきで、私は新人として現れるものなら、主義流派はともかくも少くとも純粋小説をもって現れなければ意義がないと思うばかりでなく、旧人といえども、純粋小説に関心なくして、今後の成長打開の道はあるまいと思う。
 ここで少し私は自分の純粋小説論を簡単に書いてみたい。今までのべて来たところの事は、誰にでも通じることであったが、以下書くことは、現代小説を書こうと試みた人でなければ興味のない部分に触れると思う。――今までの日本の純文学に現れた小説というものは、作者が、おのれひとり物事を考えていると思って生活している小説である。少くとも、もしそれが作者でなければ、その作中に現れたある一人物ばかりが、自分こそ物事を考えていると人々に思わす小説であって、多くの人々がめいめい勝手に物事を考えているという世間の事実には、盲目同然であった。もしこのようなときに、眼に見えた世間の人物も、それぞれ自分同様に、勝手気儘《かってきまま》に思うだけは思って生活しているものだと分って来ると、突然、今までの純文学の行き方が、どんなに狭小なものであったかということに気づいて来るのである。もしそれに気がつけば、早や、日記文学の延長の日本的記述リアリズムでは、一人の人物の幾らかの心理と活動とには役には立とうが大部分の人間の役には立たなくなるのである。前にものべたように、人々が、めいめい勝手に物事を考えていることが事実であり、作中に現れた幾人かの人物も、同様に自分一人のようには物事を思うものでないと作者が気附いたとき、それなら、ただ一人よりいない作者は、いったいいかなるリアリズムを用いたら良いのであろうか。このとき、作者は、万難を切りぬけて、ともかく一応は幾人もの人間と顔を合せ、そうして、それらの人物の思うところをある関聯に於てとらえ、これを作者の思想と均衡させつつ、中心に向って集中して行かねばな
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