頬を廻していつた。と、能子はスタンドの傘をくるくる廻しながら、
「鬱子、桃子、丹子、鳥子、まア、沢山で賑やかね。」
「ここは、デパートメントぢやないんだよ。」
「だつて、あなたのために、歌を歌つて上げたつて、悪くはないわ。」
「今日は、芽出度い結婚式だ。縁起の悪いことは云はぬがいい。」
「そんなことを仰言ると、いつも競子さんはどんなことを仰言つて?」
「さア、立つた、今夜は僕は、侮辱されに来たんぢやない。」
「まア、ぢや、あなたはあたしと結婚なさるおつもりなの?」
 久慈はいつまでも黙つてゐる。
 能子は久慈の膝から立ち上つた。彼女は久慈を睨みながら、強く一振りスタンドの傘を廻すと黙つて部屋の外へ出て行つた。
 今日は昨日の翌日だ。エレベーターは吐瀉を続けた。オペラパツクを嗅ぐ女。コンパクトの中へ浸つた女。デコルテアトレーンにモンタント。能子は朝から早くパラソルの垣根の中で、青春とはかくのごとしと云ふかのやうに、ぽんぽん羽根枕を叩いてゐる。久慈は休息の時間が来ると、頭のとれた「永遠の女性」の手足を眺めにまたことこと七階まで昇つていつた。



底本:「定本横光利一全集 第二巻」河出書房
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