それを人々に振り撒いて、ね、あなたはその間にいろいろな女の方に飽くことを練習するの。今はまアあなたの過度期だから、あたしは黙つて見てゐるわ。まア、あたしは、ここ暫くはあなたの柔い監督ね。」
「うつかりすると、君は社会主義者になりさうだよ。」
「ええ、さう、あたしは、あなたん所の労働者よ。万国の労働者よ団結せよつて云ひたい方なの。だつて、あたしは、朝の八時から立ち詰めよ。あなたのやうに運動がてらに七階まで上つて行つて、一枚づつお幣《さつ》をくばつて降りて来て、それから競子さんを自動車に乗せて飛び廻ることなんか、新らしい仕事だなんて思へないわ。」
「ぢや、新らしい仕事なんて、どこにある?」
「あるわ。ここに。あなた、一枚お幣を出してごらんなさいな。」
「よし、その手は分つた。」
「あなたのお豪い所は、そこなのね。」
「何に、もう一度云つてみてくれ。」
「そら、そこ。あなたはあたしと、本当に馬が合つてゐるんだわ。あたしはあなたを、馬鹿にときどきするんだけど、かうしてゐられるのもあなたの人柄がさせるのよ。まアあなたは七階まで運動なさるだけあつて、爽やかで、闊達で、理解があつて、善良で、朗らかに光つてゐる癖に傲慢な所がちつともなくて。」
「また、一枚とられるな。」
「あなた、お止しなさいよ。そこがあなたのいけない癖よ。運動なすつたいい癖が台なしだわ。」
「だつて、あまりやつつけられちや、口止めする方が安全だよ。」
「あなたは、他の女の方にお出しになる手を、あたしにまで出さうとなさるから虐めるの。あたしがあなたからお金をいただいてゐるのは、あなたの生活をただお助けしてゐるだけよ。あなたはお金を撒くことだけが、生活なの。」
「まア、云はば、君は少し野暮臭い、と云ふ方の女だよ。僕に意見をしてくれるのはありがたいが、もう少し、僕の金の撒き方に好意を見せてくれてもいい。」
「だつて、好意の見せ場が見つからないわ。あたしが一寸愛嬌を振り撒くと、また一枚と来るんでせう。それぢや出て来る愛嬌だつて溜らないわ。あたしには、あなたがお腹で、あたしの愛嬌にお点を点けていらつしやるのが分つてゐるの。これからあたしが愛嬌を振り撒いたら、あなたを馬鹿にしてゐるときだと思つてゐて頂戴。」
これが能子だ。久慈が金で創つた永遠の女性の頭だけは、いつまでたつても頭を横に振り続ける。久慈は能子に逢ふと世界が新鮮
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