逃げる手伝いといったってただそれぞれの着換え一枚か二枚ずつを風呂敷に包んでは塀の外に待たしてある仲間の者に投げ落すだけなのだが、それがこんなときのこととて最後まで宿に残っていたらいつどういう拍子で阿奴波子のような病人を連れていこうといい出した奴だからこのまま二人だけはほったらかして逃げようではないかと誰かがいい出さないとも限らぬし、もし誰かがそんなことでも一口いえばはっと忽ち気がついて実行しそうな者ばかりなんだから、もう私は高木を最後に残すと手拭を肩にかけ、波子を背負って無事に皆と待ち合せる筈の竹林さして雨の中を出ていった。

 竹林ではもう十人ほどが三本の番傘の下に塊って皆の来るのを待っていたが、一同の荷物をまとめて金に換えに質屋へ行った肝心の木下という男がなかなか戻って来ない。それでは木下の奴も、ひょっとすると今頃は金を持って逃げてしまったのではないかと、誰も何んともいわないのにだんだん皆の顔にそんな風な不安が現れ出して、しばらく顔を見合したまま黙っていると、そこへ木下が十円握って帰って来た。とにかく御飯だけは腹へつめていかなければというので、最後に高木が来て十二人すっかり揃うと久
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