傘は十二人に三本よりないところへ向い風で雨が前からびゅうびゅうと吹きつけて来るので、四人に一つの割りで傘を中にし一列に細長く縦隊を作ってびしょびしょと濡れて歩いていかねばならない。一番まん中に病人の波子を御輿のように守ってその後に女達、それから男と行くのだが佐佐が中からとうとう蕎麦を食べ忘れたじゃないかといい出すと、そうだ蕎麦だということになってまた一隊は立ち停った。けれども今からはもう蕎麦どころか追手につかまればまた明日から水ばかりより飲めないのだから、ひと思いに今夜のうちに峠を越してしまえば明日はどうにでもなろうという気勢の方が盛んになって、そのままずるずる一団は芋虫みたいに闇の中へ動いていった。動き出してから暫くは女達のあんこの出たフェルトがぴちゃぴちゃ高く鳴り始めると追手ではないかと気が気でなくなり、ときどきはいい合したように後ろを振り返るときもあったが、もし宿屋が気がついて追手を今頃出している頃だとしても直ぐこっちの難所へは気がつかず、もう一本の道の方へ廻るだろうと栗木がいうとそれもそうだと安心はしたものの、こっちの道にしたって誰も一度も通ったことのあるものはないのだから、行
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