「叔父《おい》ちゃん。」と幸子は真似た。
 彼は何ぜだか羞《はずか》しい気がした。黙って笑っていると、幸子はくるりと向うをむいて母親の襟《えり》の間へ顔を擦《す》り寄《よ》せた。

     十五

 彼は自分の幸子に対する愛情の種類を時々考えて、
 「俺は恋をしてるんだ。」とまじめに思うことがあった。
 彼のせめてもの望みは、幸子を一度、ただの一度でいいしっかりと抱いてやる、そして、彼女はぴったりと彼に抱かれることだった。更にそれ以上の慾をいえば、いつでも彼の欲する時に彼女が彼に抱かれることだった。実際彼はこのことに苦しめられた。しかし、彼の受けた愛の報酬もやはり前の夏の休暇と同じように冷《つめ》たいものであった。彼は幸子を憎く感じる日がだんだん増して来た。
 「幸子はなぜ俺に抱かれないのだろう。」
 と彼は姉に訊《たず》ねた時、姉は、
 「お前あらっぽいからや。」とひと口でいった。
 しかしそんなことではなさそうだった。が、幸子は彼以外の男にはそう親しみのない者にでも温和《おとな》しく自分を抱かせる所から見ると、あるいはそうであるかもしれないとも思った。とにかく幸子の一番嫌い
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