な者はこの叔父であるらしかった。そして、叔父の一番好きな者は幸子であった。
「俺はもう幸《ゆき》の守《もり》はこりこりだぞ。俺が傍にいるからと思って安心されると困るよ。殊に俺のような男は信用されればされるほどお人好しになるからな。だけどもう知らないぞ、うるさい。」
こんな前置きをいっておいてもやはりおりかは彼を信用して仕事をした。信用されると彼もその気で愚痴《ぐち》をいいながら幸子の守をした。そして、彼女に触《さわ》らないようにと欲望を耐えて、いろいろ顔を歪めたり逆立ちをしたりして、幸子を笑わそうと自分の自尊心を傷つけた。彼女が笑うと、彼はいよいよ乗り気になって赤い顔をしながら本気に犬の真似をしたり、坂道を昇る自転車乗りのペタルを踏む真似をしたりしてはしゃいだ。が、途中で急に彼は不気嫌になって黙ってしまった。すると、幸子はひとり首を振り振りペタルを踏む真似をして、「チンチンチン。」といいながら室《へや》の中を馳け廻った。彼女にとっては、この叔父さんは全く壁に等しい代物《しろもの》であるらしかった。
「今に見ろ。」そう彼は幸子を見て独《ひと》り言《ごと》をいった。
底本:岩波文庫「日輪 春は馬車に乗って 他八篇」岩波書店
1981(昭和56)年8月17日第1刷
1997(平成9)年5月15日第23刷
入力:大野晋
校正:しず
1999年7月9日公開
2000年4月11日修正
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