た。が、時々衝動的に抱きたくなることがあった。
ある時いやがる姪を無理に膝の上へ抱きあげた。姪は初めの間|反《そ》り返《かえ》って鼻を鳴らしていた。彼はそれをも関《かま》わずだんだん力を籠《こ》めて抱きすくめてゆくと泣き出した。が、放してやれば直ぐ泣き止むらしい泣き方だったので放さないでいると、いよいよ悠長な本泣《ほんな》きに変ってきた。彼は前へ押し出してやった。幸はいかにも恐ろしい手から逃がれでもするように急いで遠くまで這い出してから、裸体《はだか》の膝頭《ひざがしら》を二つ並べたませ[#「ませ」に傍点]た格好に坐っていつまでも泣いていた。彼はもう一度抱いてやるぞという意を示してどっと身体を動かすと、彼女は泣き声を一層張って周章《あわ》てて後へすざった。
(俺のどこがそんなに嫌いなのだろう、それに何《な》ぜ此奴《こいつ》がこんなに可愛いのだろう。)
彼は直ぐ友達へ出す葉書にこう書いた。
「愛という曲者《くせもの》にとりつかれたが最後、実にみじめだ。何ぜかというと、われわれはその報酬を常に計算している。しかしそれを計算しなくてはいられないのだ。そして、何故計算しなくてはならないかという理由も解らずに、しかも計算せずにはいられない人間の不必要な奇妙な性質《たち》の中に、愛はがっしりと坐っている。帳場《ちょうば》の番頭《ばんとう》だ。そうではないか?」
とにかく彼は幸子に触れずに終日見張りをしていなければならなかった。この仕事はなかなか神経を疲らせた。そうかといって、姉が彼の番を信用して溜っているいろいろの仕事にかかっている以上彼は姪を抛《ほ》っておくわけにはいかなかった。うかうか本に読み耽《ふけ》っているともう彼女は母を捜そうとして壁を伝いながら危険な腰つきで縁側《えんがわ》や上《あが》り框《かまち》の端へ行き、「ばア、ばア。」といいながら見えない向うの庭の方を覗《のぞ》こうとする。すると、彼は泣くのもかまわず室《へや》の中へ連れて来る。また出る。また連れ込む。こんなことを一日に幾回となく繰り返す。全く彼は幸子と一緒にいると遊ぶことも出来なければ、自分の仕事も出来なかった。ただ彼女の見える室の中に坐っていらいらしながらぼんやりしているより仕方がなかった。時々それが耐えられなくなると、彼は声を張り上げて幸子の周囲を躍《おど》りながら呼吸の続く限り馳け廻った。する
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