とはいえ五万枚のネームプレートを短時日の間に仕上げた疲労がより大きな原因になっていたに決まっているのだ。殊に真鍮を腐蝕させるときの塩化鉄の塩素はそれが多量に続いて出れば出るほど神経を疲労させるばかりではなく人間の理性をさえ混乱させてしまうのだ。その癖本能だけはますます身体の中で明瞭に性質を表して来るのだからこのネームプレート製造所で起る事件に腹を立てたりしていてはきりがないのだがそれにしても屋敷に殴られたことだけは相手が屋敷であるだけに私は忘れることは出来ない。私を殴った屋敷は私にどういう態度をとるであろうか、彼の出方でひとつ彼を赤面させてやろうと思っているといつ終ったとも分らずに終った事件の後で屋敷がいうにはどうもあのとき君を殴ったのは悪いと思ったが君をあのとき殴らなければいつまで軽部に自分が殴られるかもしれなかったから事件に終りをつけるために君を殴らせて貰ったのだ、赦してくれという。実際私も気附かなかったのだがあのとき一番悪くない私が二人から殴られなかったなら事件はまだまだ続いていたにちがいないのだ。それでは私はまだ矢っ張りこんなときにも屋敷の盗みを守っていたのかと思って苦笑するよ
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