いつの間にかすっかり彼を軽蔑してしまって笑うことも出来なくなったのもつまりは彼が何の役にも立たぬときに動いたからなのだ。それで私は屋敷とて別にわれわれと変った人物でもなく平凡な男だと知ると、軽部にもう殴ることなんかやめて口でいえば足りるではないかといってやると、軽部は私を埋めたときのようにまた屋敷の頭の上から真鍮板の切片をひっ冠せて一蹴り蹴りつけながら、立てという。屋敷は立ち上るとまだ何か軽部にせられるものと思ったのか恐わそうにじりじり後方の壁へ背中をつけて軽部の姿勢を防ぎながら、暗室へ這入ったのは地金の裏のグリューがカセイソーダでは取れなかったらアンモニアを捜しにいったのだと早口にいう。しかし、アンモニアが入用なら何ぜいわぬか、ネームプレート製作所にとって暗室ほど大切な所はないことぐらい誰だって知っているではないかといってまた軽部は殴り出した。私は屋敷の弁解が出鱈目だとは分っていたが殴る軽部の掌の音があまり激しいのでもう殴るのだけはやめるが良いというと、軽部は急に私の方を振り返って、それでは二人は共謀かという。だいたい共謀かどうかこういうことは考えれば分るではないかと私はいおうとして
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