街の底
横光利一
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)萎《しお》れて
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)炭酸|瓦斯《ガス》が
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その街角には靴屋があった。家の中は壁から床まで黒靴で詰っていた。その重い扉のような黒靴の壁の中では娘がいつも萎《しお》れていた。その横は時計屋で、時計が模様のように繁っていた。またその横の卵屋では、無数の卵の泡の中で兀《は》げた老爺が頭に手拭を乗せて坐っていた。その横は瀬戸物屋だ。冷胆な医院のような白さの中でこれは又若々しい主婦が生き生きと皿の柱を蹴飛ばしそうだ。
その横は花屋である。花屋の娘は花よりも穢《けが》れていた。だが、その花の中から時々馬鹿げた小僧の顔がうっとりと現れる。その横の洋服屋では首のない人間がぶらりと下がり、主人は貧血の指先で耳を掘りながら向いの理亭の匂いを嗅いでいた。その横には鎧《よろい》のような本屋が口を開けていた。本屋の横には呉服屋が並んでいる。そこの暗い海底のようなメリンスの山の隅では痩せた姙婦が青ざめた鰈《かれい》のように眼を光らせて沈んでいた。
その横は女学校の門である。
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