いつ見ても乳房は破れた塀の隙間いっぱいに垂れ拡がって動かなかった。いつまでもそれを見ていると、彼の世界はただ拡大された乳房ばかりとなって薄明が迫って来る。やがて乳房の山は電光の照明に応じて空間に絢爛な線を引き垂れ、重々しい重量を示しながら崩れた砲塔のように影像を蓄えてのめり出した。
彼は夜になると家を出た。掃溜《はきだめ》のような窪んだ表の街も夜になると祭りのように輝いた。その低い屋根の下には露店が続き、軽い玩具や金物が溢れ返って光っていた。群集は高い街々の円錐の縁から下って来て集まった。彼はきょろきょろしながら新鮮な空気を吸いに泥溝の岸に拡っている露店の青物市場へ行くのである。そこでは時ならぬ菜園がアセチリンの光りを吸いながら、青々と街底の道路の上で開いていた。水を打たれた青菜の列が畑のように連なって、青い微風の源のように絶えずそよそよと冷たい匂いを群集の中へ流し込んだ。
彼は漸く浮き上った心を静に愛しながら、筵《むしろ》の上に積っている銅貨の山を親しげに覗くのだ。そのべたべたと押し重なった鈍重な銅色の体積から奇怪な塔のような気品を彼は感じた。またその市街の底で静っている銅貨の力
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