の騒ぐ様子を眺めていた。
「お前、苦しいのかい。おっ母《か》さんはね、毎日お前のことばかり思ってたんだよ。早く来たくって来たくって、しょうがなかったんだけど、皆家のものが病気ばかりしていてね。」
彼は手紙に書かなかった妻の病状をもう母親に話す気は起らなかった。彼は妻を母親に渡しておいてひとり日光室へ来た。日光室のガラスの中では、朝の患者たちが籐《とう》の寝椅子《ねいす》に横たわって並んでいた。海は岬に抱かれたまま淑《しとや》かに澄んでいた。二人の看護婦が笑いながら現われると、満面に朝日を受けて輝やいている花壇の中へ降りていった。彼女たちの白い着物は真赤な雛罌粟の中へ蹲《しゃが》み込《こ》んだ。と、間もなく、転げるような赤い笑顔が花の中から起って来た。
彼の横で寝ていた若い女の患者も笑い出した。
「まア、あんなに嬉しそうに。」
「ほんとにね。でも、もうあなたも、すぐあそこをお歩きになれますわ。」と隣りの痩せた婦人がいった。
「そうでございましょうかしら、でも。」
「ええ。ええ、昨日も先生が、そう仰言《おっしゃ》っていられましてよ。」
「あたし、あの露のある芝生の上を、一度歩きたくって
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