だ。」
「成る程、」と彼は思つた。微笑が彼の唇から浮んで来た。
「うまい!」と彼は思つた。
すると、急にその閃めいた詭弁を自身でうまいツと思つた量に匹敵して、彼はその詭弁から詭弁としての実感を感じ出した。
それから、彼は出逢ふ人毎にその詭弁を得意になつて話し出した。恰もそれが人生の大いなる教訓であるかのやうに。勿論、人々は彼の詭弁に感歎した。
「うまい。」
「うまい。」
「うまい。」
彼は有頂天になり出した。益々その詭弁が猛烈に口をついた。さうして、彼は終にそれが一つの大きな嘘の詭弁だと実感されたときには、早やあれほども人々に吹聴し、あれほども感歎させ得た過去の自身の得意さの総量に対してさへも、今はその詭弁を詭弁として押し通して行くことが出来なかつた。そこで、初めて彼の詭弁は一条の真理となつて光り出した。つまり云ひ換へるならば、彼ら夫婦は二人とも永久に幸福であつたと云ふ結果に落ちていつた。
今は二人の頭には白い毛がしきりと競ひながら生えてゐる。老齢と云ふ醜い肌が、丁度人生の床の間で渋つてゐる二本の貴重な柱のやうに。
底本:「定本横光利一全集 第二巻」河出書房新社
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