》たる沙漠《さばく》のような色の中で、僅《わず》かに貧しい細毛が所どころ昔の激烈な争いを物語りながら枯れかかって生《は》えていた。だが、その版図の前線一円に渡っては数千万の田虫の列が紫色の塹壕《ざんごう》を築いていた。塹壕の中には膿《うみ》を浮かべた分泌物《ぶんぴつぶつ》が溜《たま》っていた。そこで田虫の群団は、鞭毛《べんもう》を振りながら、雑然と縦横に重なり合い、各々横に分裂しつつ二倍の群団となって、脂《あぶら》の漲《みなぎ》った細毛の森林の中を食い破っていった。
 フリードランドの平原では、朝日が昇ると、ナポレオンの主力の大軍がニエメン河を横断してロシアの陣営へ向っていった。しかし、今や彼らは連戦連勝の栄光の頂点で、尽《ことごと》く彼らの過去に殺戮《さつりく》した血色のために気が狂っていた。
 ナポレオンは河岸の丘の上からそれらの軍兵を眺《なが》めていた。騎兵と歩兵と砲兵と、服色|燦爛《さんらん》たる数十万の狂人の大軍が林の中から、三色の雲となって層々と進軍した。砲車の轍《わだち》の連続は響を立てた河原のようであった。朝日に輝いた剣銃の波頭は空中に虹を撒いた。栗毛《くりげ》の馬の平
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