とき、何ぜ手で引きとめなかつたか。」
「鎖で間に合ふと思つてゐました。」
「お前はその男をとめるのに何とか言葉をかけたのかね。」
「いえ、酒を飲んでゐるなと思ひましたので、相手になりませんでした。」
「ふむ、なる程。しかし、酒を飲んでゐると気付いたなら、なほ鎖でとめると云ふことがいけないぢやないか。」
「いえ、それはちがひますよ。鎖の方がとめやすうございます。普通の方はどなたもさうお思ひになりませうが、この道の者なら誰だつて鎖でとめると思ひます。それに、手でとめましては相手が相手ですから、なほ喧嘩になつてしまひますよ。」
「それはさうだね。喧嘩になりさうだ。で、何かね、その男が誰だつたかお前は最初から知つてゐたんかね。」
「それは見覚えはございました。」
「その男は最初に何とかお前に云はなかつたか。鎖でお前がとめるとき何とか。」
「さうですね、云ひました。何だか云つてたやうです。何をしやがる、ふざけるない、つてそんなことを云ひましたよ。」
「それだけかな。」
「いえ、まだ何とか云ひました。私は黙つてゐたのですよ。」
「何を云つた、その男は。」
「俺をとめるつてことがあるかい。俺はね、俺
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