張つてゐる鎖の中程の所へ腹をあてて出ようとしたんです。私は必死の力で引いてゐたのですが、そのうちに私もそれについて二足三足曳かれてゆきました。そのとき、来たな、と思ひました。あなたさまは貨物列車の音を御存知でせうが、貨物の音は普通の客車とは違つて奇妙な音なんです。あの車の音は少し遠くにゐるときも傍まで来たときも同しほどの激しさなんです。それに、あの夜は真暗な所へもつて来て貨物列車が又真黒な物ですから、どこまで来てゐたのだかはつきりしなかつたんです。貨物はそれで一番恐ろしうございます。私はそのとき鎖を、かう必死に引つ張つたんですが、あの男はもう余程線路の近くまで出てをりました。もつとも私が傍まで行つて突き飛ばすか引き戻すかしてやれば、あの男も助かつてゐたと思ひますが、何分そのときはもう度胆がぬかれてをりましたし、それに、あの貨物の音を真近で聞きますと、それやもう変な気になつて了ふのです。何と云ひませうかね、もうただぼんやりして了ふのですよ。風に吸ひ込まれるやうな、何だか息がぐつとつまつて、眼まひがするんです。それでも私はよほどぐつと鎖をひつぱつたつもりなんですが、その中に、風がサツと来た
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