考へごとをしてゐると直ぐ傍へ来なければ分りません。さう云ふときこれは失敗《しまつ》たと思ひまして周章て鎖を引きますがいつも半分程通つてからです。」
「つまり考へごとをするといけないと云ふのか。」
「はい、考へごとをするといけません。」
「考へごとと云ふと、どんな種類の考へごとかな、どう云つたやうな?」
「家内のことを考へます。」
「家内がないと云つたぢやないか、ア、さうか、つまり三人の妻のことなのか、それでどの家内に一番心をひかれるね。」
「一番目の家内です。」
「優しかつたのか。」
「いえ。」
「お前が愛してゐたのだね。」
「さう云ふわけぢやございませんが、何ぜだか最初のがよく心に浮んで参ります。」
「最初のがね、ふむ、その頃は楽しかつたと見えるな。楽しかつたかね。」
「今から思ふとさう思ひます。」
「此の頃はもう楽しみなことはないか。」
「ありません。」
「何もないか。」
「はい。」
「では、勤めもいやなことだらうね。」
「はい。」
「いやか、勤めは?」
「はい、あまり好きではございません。」
「ふむ、それでお前は何か、お前の踏切りでお前の勤務時間以外のときに轢死人があつても、お前
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