言ひませうか。お前さんを滅ぼしたのは、彼《か》の堕落の精神だ。この精神が女を煽動して、その胸の中に不可測の出来心を起させる。この精神が、思ひも寄らない時に、女の貞操を騙して、真つ暗な迷ひの道に連れ出す。
大抵さういふ過失は、言ふに足らざる趣味の錯誤である。そこでその過失の反理性的な処《とこ》に、どうかすると一旦堕落した女の、自業自得の禍から遁《のが》れ出る手掛かりもあるものだ。なぜといふに、女は過失に陥るのも早いが、それを忘れるのが一層容易なものである。
あゝ。不幸にもお前さんはそんな風に禍を遁れることが出来なかつた。お前さんの不注意は自滅の原因になつたばかりでなく、お蔭で罪のない、お前さんの友達までが、迷惑を蒙つたのである。
その恐るべき出来事は左の通りである。
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或る晩フアウヌスがクサンチスを待つてゐたが、いつもの時刻に来なかつた。暫くは我慢してゐたが、とうとう十一時半が鳴つたに、クサンチスはまだ来ない。これが外の男なら、女の来ない理由を考へて、自分の恥にもならず、又自分の恋慕の情をも鎮めるやうな説明を付けただらう。そして一時の不愉快を凌ぐ
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