神経質らしい仝《おな》じ年輩《としごろ》の男を冷やかに見て、「汝《きさま》も懸賞小説なんぞと吝《けち》な所為《まね》をするない。三文小説家になつて奈何《どう》する気ぢや。」
「先《ま》ア黙つてろよ。」と亀井と呼ばれた男は顧盻《ふりかへ》つて較《や》や得意らしき微笑を浮べつ、「之でも懸賞小説の方ぢやア亀之屋万年と云つて鑑定証《きはめふだ》の付いた新進作家だ。今度|当選《あた》つたら君が一夜の愉快費位は寄附する。」
「はッはッ、減らず口を叩きくさる。汝の懸賞小説も久しいもんぢや。一度当選つたといふ事ぢやが、俺と交際《つきあ》つてからは猶《ま》だ当選らんぞ。第一小説が上手になつたら奈何するのぢや。文士ぢやの詩人ぢやの大家ぢやの云ふが女の生れ損ひぢや、幇間《たいこもち》の成り損ひぢや、芸人の出来損ひぢや。苟くも気骨のある丈夫《をとこ》の風上に置くもんぢやないぞ。汝も尚《ま》だ隠居して腐つて了ふ齢ぢやなし。王侯将相何ぞ種《しゆ》あらんや。平民から一躍して大臣の印綬を握《つか》む事の出来る今日ぢやぞ。なア亀井、筆なんぞは折つぺしッて焼いて了へ。恋ぢやの人情ぢやのと腐つた女郎の言草は止めて了つて、平
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