島であったから極めて歴史に乏しく、したがって漁業地としてのほかは余り認められていない。安房が著名になったのは全く『八犬伝』以来であるから、『八犬伝』の旧蹟は準史蹟として見てもイイかも知れない。
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(『八犬伝』の地理学は起稿当初の腹案であったが、実地を踏査しなければ解らぬ個処が存外多いのですべて他日の機会に譲ることにした。『八犬伝』地図も添ゆる予定であったが、同じ理由で。)
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       五 馬琴の日記

『八犬伝』が日本の小説中飛び離れて挺《ぬき》んでている如く、馬琴の人物もまた嶄然《ざんぜん》として卓出している。とかくの評はあっても馬琴の如く自ら信ずるところ厚く、天下の師を以て任じたのは他にはない。古今作者を列べて著述の量の多いのと、なかんずく大作に富めると、その作の規模結構の大なると、その態度の厳粛なると、その識見の高邁《こうまい》なると、よく馬琴に企て及ぶものは殆んどない。
 が、作に秀でたのは、鯛よりは鰯の生きのイイ方が旨《うま》い、牡丹よりは菜の花の方が風情《ふぜい》があるというと同じ好《す》き不好《ぶす》きを別として大抵異論
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