きようじ》す竜頭《りゆうとう》の冑《かぶと》 想見る当年怨毒の深きを
     曳手《ひくて》・単節《ひとよ》
荒芽山《あらめやま》畔路《はんろ》叉《ふたまた》を成す 馬を駆て帰来《かえりきた》る日|斜《かたぶ》き易し 虫喞《ちゆうしよく》凄涼夜月に吟ず 蝶魂|冷澹《れいたん》秋花を抱く 飄零《ひようれい》暫く寓す神仙の宅 禍乱早く離《さか》る夫婿《ふせい》の家 頼《さいわ》ひに舅姑《きゆうこ》の晩節を存するあり 欣然|寡《か》を守つて生涯を送る
     犬田小文吾《いぬたこぶんご》
夜深うして劫《こう》を行ふ彼何の情ぞ 黒闇々中刀に声あり 圏套《けんとう》姦婦の計を逃れ難し 拘囚《こうしゆう》未だ侠夫の名を損ぜず 対牛《たいぎゆう》楼上無状を嗟《さ》す 司馬《しば》浜前《はままえ》に不平を洩らす 豈|翔《た》だ路傍|狗鼠《くそ》を誅《ちゆう》するのみならん 他年東海長鯨を掣《せい》す
     船虫《ふなむし》
閉花羞月好手姿 巧計人を賺《あざむ》いて人知らず 張婦李妻定所無し 西眠東食是れ生涯 秋霜粛殺す刀三尺 夜月凄涼たり笛一枝 天網|疎《そ》と雖ども漏得難《もれえかた》し 閻王廟裡|擒《きん》に就く時
     犬坂毛野《いぬさかけの》
造次《ぞうじ》何ぞ曾て復讎を忘れん 門に倚《より》て媚《こび》を献ず是《これ》権謀 風雲帳裡無双の士 歌舞城中第一流 警柝《けいたく》声は※[#「さんずい+冗」、第4水準2−78−26]む寒※[#「土へん+喋のつくり」、第4水準2−4−94]《かんちよう》の月 残燈影は冷やかなり峭楼《しようろう》の秋 十年剣を磨す徒爾《とじ》に非ず 血家血髑髏を貫き得たり
     犬飼現八《いぬかいげんはち》
弓を杖ついて胎内竇《たいないくぐり》の中を行く 胆略|何人《なんぴと》か能く卿に及ばん 星斗満天|森《しん》として影あり 鬼燐《きりん》半夜|閃《ひらめ》いて声無し 当時武芸前に敵無し 他日奇談世|尽《ことごと》く驚く 怪まず千軍皆|辟易《へきえき》するを 山精木魅《さんせいぼくみ》威名を避く
     犬村大角《いぬむらだいかく》
猶ほ遊人の話頭を記する有り 庚申山《こうしんやま》は閲《けみ》す幾春秋 賢妻生きて灑《そそ》ぐ熱心血 名父《めいふ》死して留む枯髑髏 早く猩奴《しようど》名姓を冒すを知らば 応《まさ》に犬子仇讐を拝する無かるべし 宝珠是れ長く埋没すべけん 夜々精光斗牛を射る
     雛衣《ひなきぬ》
満袖《まんしゆう》啼痕血痕に和す 冥途敢て忘れん阿郎の恩を 宝刀を掣将《とりも》つて非命を嗟《さ》す 霊珠を弾了して宿冤《しゆくえん》を報ず 幾幅の羅裙《らくん》都《すべ》て蝶に化す 一牀|繍被《しゆうひ》籠鴛《ろうえん》を尚《した》ふ 庚申山下無情の土 佳人未死の魂を埋却す
     犬江親兵衛《いぬえしんべえ》
多年剣を学んで霊場に在り 怪力真に成る鼎|扛《ひし》ぐべし 鳴鏑《めいてき》雲を穿つて咆虎|斃《たお》る 快刀浪を截《き》つて毒竜降る 出山《しゆつざん》赤手強敵を擒《とりこ》にし 擁節の青年大邦に使ひす 八顆《はちか》の明珠皆楚宝 就中|一顆《いつか》最も無双
     妙椿《みようちん》
八百尼公技絶倫 風を呼び雨を喚《よ》ぶ幻神の如し 祠辺の老樹|精萃《せいすい》を蔵す 帳裡の名香美人を現ず 古より乱離皆数あり 当年の妖祟《ようすい》豈因無からん 半世売弄す懐中の宝 霊童に輸与す良玉珠
     里見氏八女
匹配《ひつぱい》百両王姫を御す 之《この》子|于《ここ》に帰《とつ》ぐ各《おのおの》宜きを得 偕老《かいろう》他年白髪を期す 同心一夕紅糸を繋ぐ 大家終に団欒の日あり 名士豈遭遇の時無からん 人は周南詩句の裡《うち》に在り 夭桃満面好手姿
     丶大《ちゆだい》
名士|頭《こうべ》を回《めぐら》せば即ち神仙 卓は飛ぶ関左跡|飄然《ひようぜん》 鞋花《あいか》笠雪三千里 雨に沐《もく》し風に梳《くしけず》る数十年 縦《たと》ひ妖魔をして障碍を成さしむるも 古仏因縁を証する無かるべけん 明珠八顆|都《すべ》て収拾す 想ふ汝が心光地に凭《より》て円《まろ》きを
     里見義成《さとみよしなり》
依然形勝関東を控ふ 剣豪犬士の功に非ざる無し 百里の江山掌握に帰す 八州の草本威風に偃《ふ》す 驕将敗を取るは車戦に由る 赤壁名と成すは火攻の為めなり 強隣を圧服する果して何の術ぞ 工夫ただ英雄を攪《みだ》るに在り

       『八犬伝』を読むの詩 補

     姥雪与四郎《おばゆきよしろう》・音音《おとね》
乱山|何《いず》れの処か残燐を吊《ちよう》す 乞ふ死是れ生真なり※[#「匚<口」、第4水準2−3−67]《がた》し 薄命紅顔の双寡婦 奇縁白髪の両新人 
前へ 次へ
全14ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
内田 魯庵 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング