想界の長老たる坪内氏が、経営する文芸協会の興行たる『故郷』の上場を何等の内論も質問もなく一令を下して直ちに禁止する如き、恰も封建時代の地頭が水呑百姓に対する待遇である。是れ併し乍ら政府が無鉄砲なのでも属僚が没分暁《わからずや》なのでも何でもなくして、社会が文人の権威を認めないからである。坪内君が世間から尊敬せらるゝのは早稲田大学の元老、文学博士であるからで、舞踊劇の作者たり文芸協会の会長たるは何等の重きをなしていないからである。
社会をして文人の権威を認めしめよ。文人は社会に対して宣戦せよ。"Murmur"するよりは"Strike"せよ、"Complain"するよりは"Curse"せよ。新らしき思想の世界を拓かんとする羊の如く山の奥に逃げ込まずに獅子の如く山の奥から飛出して咆哮せよ。
二十五ヵ年の歳月が文学をして職業として存立するを得せしめ、国家をして文学の存在を認めしむるに到ったのは無論進歩したには違いないが、世界の英雄東郷を生じた日本としては猶お余りにもどかしき感がある。今後の二十五ヵ年間、願くは更に一大飛躍あれ。文学の忠僕たる小生は切に諸君の健闘を祈る。
[#下げて、地より1字あきで](「太陽」増刊 明治四十五年六月十三日号)
底本:「魯庵の明治」山口昌男、坪内祐三編、講談社文芸文庫、講談社
1997(平成9)年5月9日初版発行
底本の親本:「続紙魚繁昌記」書物展望社
1934(昭和9)年4月10日初版発行
※底本は、「髦」に「かもじ(一般には「髢」と書く)」とルビを振っている。底本の親本にこのルビはない。「かもじ」とルビを振ることが誤りである可能性があるので、本ファイルでは「髦《かもじ[#ママ]》」と表記した。
※本作品中には、身体的・精神的資質、職業、地域、階層、民族などに関する不適切な表現が見られます。しかし、作品の時代背景と価値、加えて、作者の抱えた限界を読者自身が認識することの意義を考慮し、底本のままとしました。(青空文庫)
入力:斉藤省二
校正:松永正敏
2001年5月19日公開
青空文庫作成ファイル:
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