に行ったが、丁度夏目さんの家の前を通ったから立寄ることにした。一体私自身は性質として初めて会った人に対しては余り打ち解け得ない、初めての人には二、三十分以上はとても話していられない性分である。ところが、どうした事か、夏目さんとは百年の知己の如しであった。丁度その時夏目さんは障子を張り代えておられたが、私が這入《はい》って行くと、こう言われた。
「どうも私は障子を半分張りかけて置くのは嫌いだから、失礼ですが、張ってしまうまで話しながら待っていて下さい。」
そんな風で二人は全く打ち解けて話し込んだ。私は大変長座をした。夏目さんは人によってあるいは門前払いをしたり仏頂顔したりするというが、それも本当だろう。しかし私は初めてからそんな心はしなかった。英雄人を欺くというから、あるいはそうかも知れんが、しかし私はそんな気持はしなかった。その後は何かの用があったりして、ちょいちょい訪ねて行くこともあったが、何時でも用談だけで帰ったことがない。お忙がしいでしょうから二十分位と断って会うときでも、やはり二、三時間も長座をするのが常例だった。
夏目さんは好く人を歓迎する人だったと思う。空トボケた態度な
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