ントできず。原稿もできず。
障子も立てたらぬ家の中にあれば、環睹蕭条《かんとしょうじょう》、悲惨なるがごとくまたこっけいなるがごとし。
引ッ越してより五、六日、いまだ飯をたくことあたわず。家主に敷金をやらず、先の宿にまかない料を払わず。こんどの引ッ越しすべて背水の陣なり。
四月一日、はなはだ窮せり、家主迫り先の宿迫る。徹夜して一文を草す。この夜徹夜しつるはなかばは勉強のためなかばはふとんなきがためなり。
中州の細君、飯と菜とを我らに恵みぬ。
二日、金若干を得つ、先の宿に談判して荷物を引き取ることとなしぬ。この夜某氏にゆきてかま、鉄びん、茶わんなど借り来つ。この新宅は下三間、六畳、三畳、二畳、二階二間、四畳、六畳、家ねじれてふすまのたてつけ合わず、畳の新しきだけが取りえなり。
垂柳子ついにたえずして去る。
我もまたついに守ることあたわずして引き揚ぐ。
かやなし
蚊の出で来たること夜々に多し。下座敷にては老人たちすでにかやをつれり。二階に寝る我はいまだつらず。二階とて蚊は出るなり。ずいぶんつらき夜もあり。
絽《ろ》の羽織
夏の初め一カ月絽の羽織蔵よ
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