り出でたりしが、たちまちにしてまた入檻。その後わずかに一日間さらに白日のもとに出でたりしが、たちまちにしてまたまた姿をかくしぬ。しこうして今や秋風吹かんとす。
一五夜
一五夜、月を見ず。絃歌盛んに響く九階の辺、かんしゃく起こりてたまらず。実にわがままなるものなり。わが遊ぶには理屈あり、人の遊ぶは苦々し。我が遊ばざるの理屈はただ金無しというのみ。
原稿紙の裏
このごろ紙なし、古き原稿紙の裏を用いて用を足すなり。車には乗らぬことと決めたれば、歩くもなかなか風流なるここちす。一袋一〇〇目一〇銭あまりのたばこも飲めば飲まるるものなり。
人々苦にす
わが着物きたなしとて人々苦にす、今始まれることにもあらねど、我も苦にならぬにはあらず。されどせんかたもなし。
こしらえてくれるはず
炭尽きぬ、油尽きぬ、いかんせん。羽織一枚、帯一筋、着物一枚作らざるべからず。羽織は○○居士《こじ》こしらえてくれるはずなり。
梅の枯葉
たばこ尽きて買わんようなし。これほど苦しきこと世にまたあるべしや。たもと草も吸いてみつ。梅の枯葉もくゆらしてみつ。
二升三升五升ずつ
枯川は貧なるか、貧は枯川なるか。今さらめずらしくもあらねど近来貧またはなはだし。米は二升三升五升ずつ買うなり。買えぬ時は人の家にもらいに行くなり。
こめかり
愚公に米借りに行きぬ。客と酒のみいたり。我も共に飲む。
好文不如好酒乎
禿筆《とくひつ》文をなす、気のいかぬかぎりなり。しかれどもいかんせん。この日記の文字を見て禿筆のいかに失なるかを思うべし。墨もまた斜めにして短し。このごろ紙あるがうれしきのみ。氷も飲み、たばこも飲み、酒も飲む、しこうして文房具の整わざることかくのごとし。文を好むこと酒たばこ氷を好むにしかざるか。ああ。
窓外春気満てり
今日日曜なり。金なし、朝借りに行きたれど先方の人不在にていたしかたなし。日光温和窓外春気満ちたり。
あおはえを追う
白眼才弁をもってわがために今滝(高利貸しの名なり)を追う。一|蒼蠅《そうよう》一カ月の間は来たらざるべし。快。白眼また一衣を送り来たる。
金策と羽織と
金策ならんとしてならず。羽織できんとしてできず。
さすがに我も言いだしかねつ。
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