ことになるのも、お前があんまり言うことを聞かんからじゃ」とまた私を叱りつけた。私は非常に不平だった。私が言うことを聞かんのは悪いだろう。しかし、醤油つぎを引っくりかえしたのはまさに母のそそう[#「そそう」に傍点]である。自分のそそう[#「そそう」に傍点]の責任を私に塗りつけるのはひどい。私はそんな意味で大いに憤慨した。我が尊信する母、我が敬愛する母といえども、腹立ちまぎれには、やっぱりこんなことを言うのかと。
考えて見るに、私は父と母とから、ちょうど半々ずつくらい性質を遺伝したらしい。体質の方では、父も小さいし、母も小さいし、そして私も小さいのだから、文句はない。しかし、私が小さいながらやや頑丈な処があるのは、母の方から来たのかとも思う。母は強いという方ではなかったが、母の弟たる「志津野のおじさん」などは、ずいぶん大きな、しっかりした体格であった。性質の方では、私に多少の才気があるのは父の方から来たのであり、幾らか学問好きで、そして少しゆっくりしたようなところがあるのは、母の方から来たのだと思われる。私は大体において善良な正直な男だと信じているが、それはまさに父母両方から来ている。も
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