帰って来る。ところが、せっかく内までついて来た奴に対して、何らの愛嬌をすることが私に出来ない。私はそれらが堪らんほどつらい。私としては、餅の一|片《きれ》なり、飯の一塊まりなり食わせてやりたい。しかしそれは父から禁じられていた。そんな癖をつけると、いつかその犬が内の犬になってしもうて困る、と言うのであった。貧乏士族の生活としては、犬一|疋《ぴき》の食い料も問題であったに相違ない。だから私も勿論、犬を飼おうとは言わない。また必ずしも毎度飯をやろうとは言わない。そこで私は父と協定して、犬のお客のあった時には糠《ぬか》を一にぎりだけやることにしていた。ところが、それすらも父はあまり喜ばなかった。思うに父は、糠一にぎりを惜しんだわけではなく、犬の愛に溺れそうな傾きのある私の性情を危ぶんだのだろう。しかし父も、毎晩の食事時に必ずやって来る習慣になっていた隣家の犬に対しては、黒、黒と言って、鰯の頭など投げやっていた。
しかし私はまた、深く父の寛大に感じていることがある。ある時、私の家に東京の親類から「鶴の子」という結構な菓子の箱が送られて来た。一つだけ貰って食った時、おそろしくうまかった。その後
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