それから「僕はあとがタッタ百三日だ。わけはない」「乃公は今日がちょうど絶頂だ、明日から下り坂だ。タワイない」「君はモウ一週間で出るのだな」などと、たいがい毎日刑期の勘定がある。
夕飯後にまた点検があって、安坐鈴が鳴る。薄暗い電灯がとぼる。それから二時間ばかりまた退屈すると、八時になって就寝鈴が鳴る。そら来た!と大騒ぎで柏餅がゴロゴロと並ぶことになる。これがまあザット一日の生活だ。ある夜、夜中に目がさめて左のごとき寝言ができた。
隣室の鼾に和して蛙鳴く
紫の桐花の下や朱衣の人
桐の花囚人看守曽て見ず
行く春を牢の窓より惜しみけり
永き日を「御看守様」の立尽す
正坐しても安坐しても日の長き哉
永き日をコソコソ話安坐する
夕ざれば監房ごとの放屁かな
正坐して自慢の放屁連発す
寂しさに看守からかう奴もあり
看守殿退屈まぎれに叱る也
「本職」は昨日拝命したばかり
「本職」という時髯をひねる也
看守部長とかく岩永になりたがり
是はまた重忠張りの看守長
教誨師地獄で仏の格で行き
教誨師袈裟高帽のおん姿
教誨師お前さんはと仰せらる
其方はなどと看守の常陸弁
永き日を千九百九十の坐睡す
九 入浴、散髪、面会、手紙
入浴はまた獄中生活の愉快の一つで、およそ一週間に一度、或は四五日ぶりに一度ずつ許される。
今日は入浴だというと、みな嬉しがってソワソワしている。時刻が来ると、いずれも手拭を帯にさげて、庭下駄をはいて監の前に出て、五人ずつ並んでシャがむ。「立て! 進め!」で浴場に向って進む。浴場まではザット二町ばかりある。「列を乱してはイカン」「キョロキョロとよそ見をするでナイ」「話をしてはイカン」「手を振ってはイカン」などと絶えず叱られながら、とにかく浴場の前に着く。また並んでシャがむ。それから一列になって、二十人ばかりずつ二組になって浴場に入る。浴場は煉瓦作り、浴槽はタタキでかなりに大きい。湯は蒸気で湧かすことになって、寒暖計まで備えつけてある。我々はイツも一番にはいらせられるので、清潔な点においては申し分なかった。「脱衣!」「入浴!」などの不思議な号令の下に、五六人ずつ列をつくって一番、二番、三番、四番と、二十人あまり一しょにはいる。それから今度は、一方の壁にズット並んでとりつけてあるパイプ
前へ
次へ
全17ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
堺 利彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング